Altiseekでは塾生とこんな会話をしています。

雑談という「きっかけのシャワー」を浴びるブログ

ムラ社会についての話

ここのところ、日本のムラ社会を象徴するような事件が立て続けに起きているね。

日本は小さなムラ社会の集合体で、そのムラ社会が閉鎖性を生み出して生きにくくしているという考えがあるけど、そのことについての二人の意見をきかせて欲しい。

横並び文化というやつですね。つい周りと自分を見比べてしまうという。

普段はそんなに意識していませんが、たまに生きづらいなぁと思うことがあります。

周りを意識するという考えが蔓延しすぎて、自分を疎かにする空気感がとても良くないと思います。それが生きづらさを生みだしているのかなと。

ムラ社会が、これで良いんだってあぐらをかいていることにムズムズします。ムラ社会と個人の関係をみたときに、決してポジティヴじゃない。

ムラ社会の住人は、自分たちが恩恵を受けているムラを守ること以外に興味がない。

自分とムラ社会を同化して、ムラのルールで閉じていく一方だから、世界からどんどん外れていく。洗練とはほど遠い場所に自分を追いやってしまう。

共存共栄の意識に欠けるんですね。

ムラ人の「自分だけ良ければそれでいい」とか「みんなそうしてるから」という無思考な状態がムラ社会を作ってるんだな〜。

そう。ムラ社会の最大の問題は、その住人にまるで魅力がないということなんだ。なぜだと思う?

みんな同じ顔をしているからですかね。個性がない。

では、ムラ社会の住人が無個性なのはなぜだろう?

個性を教えられる人がいなくて、それを育む機会が少ないからでしょうか。

自分と対話していないから、自分との向き合い方が分からないから、ではないでしょうか。

だからアイデンティティを外に求めるのではないでしょうか。学歴や企業ブランドや年収などに求める。自分の人生で確立した考え方や信念や思想ではなく。

もちろん二人の意見は間違っていない。しかし、核心には保身がある。

ムラ社会に身体も精神もどっぷり浸かっている人の言動は、保身を超えない。すべて保身がモチベーションになっている。

なるほど、保身か。

あー、わかりやすいです。

決定的なのはムラ社会の世間知だけで生きているので、知識の広がりがないという点だ。だからムラ社会の住人は視野が狭くて、話がつまらない。だから魅力もない。

窮屈ですね。

自分の話がつまらなくなったら要注意ですね(笑)

どうしよう、全然自信ないですよ?(笑)

ムラの中だけで通用する話は噂話と陰口と世間話。その中で損した得したということを考えてる人間が魅力的なはずがないよ。

オスカーワイルドは、「この世界には善人も悪人もいない、いるのは退屈な人間かエキサイティングな人間だけだ」という世界を示したけど、本当にその通りだと思う。

保身は人から魅力も健全な知性も奪う。器の小さい老いた心の持ち主を育てる。学んだこと、経験したことのほとんどが自分の保身のために注がれるとしたら、その人生はあまりに空疎で、それに気づかない知性はあまりにも惨めだ。

至言ですね。

ムラ社会に身を置かざるをえないとしても、知性を磨くことで、ムラ以外の広大な世界を知り、俯瞰することができる。

ムラ社会という特定の既得権益を守る昭和の不合理な遺物の老い先はそう長くはない。新しく産声を上げる新元号世代のために、きみたち平成世代が中心となって声を上げ、ムラ社会を歴史の中に閉じ込めて欲しい。